生物は他の生物を捕食することによって生きています。一年草をバッタが食べ、バッタをカマキリが食べ、カマキリの死骸を一年草が栄養とするように、生物の間には、捕食行為を通して一連の鎖状のつながりが存在します。このようなつながりのことを食物連鎖[1][2][3]と言います(図1参照)。
ここでは、図1に示した、親の世代の死後、子の世代が生まれて来る(世代が重ならず、完全に入れ替わる)ような、複数種の個体群から成る巡回的な食物連鎖の系を調べるために、食物連鎖の結合写像格子(Coupled Map Lattice[4][5]、CML)による構成的(手続き還元的)アプローチを提案します[6][7]。提案したCMLにおいて、各種の繁殖率 $\alpha$($\alpha>0$)と他の種からの影響率 $\beta$($\beta>0$)をパラメータとして、広範囲のパラメータに対する網羅的なシミュレーションを行い、食物連鎖の様子を調べます。
食物連鎖のCMLを以下のように構築します[6][7]。
格子間距離を1とし、種の数 $M$ を格子点数とする、1次元格子をとります。格子点を $i$($i=1,2,\cdots,M$)と表します。また、境界条件を周期的境界とします。
離散時刻 $n$、格子点 $i$ における場の変数として、世代 $n$、種 $i$ の個体群密度 $x_{i}^{n}$ を定義します。
移流による作用を表す手続き $T_{a}$(ラグランジュ手続き[4][8])と繁殖による作用を表す手続き $T_{r}$(オイラー手続き[4][8])を定めます。
移流による作用を表すラグランジュ手続き $T_{a}$ では、同一の種 $i$ の個体群からの阻害効果(餌や雌の争奪)、餌の種 $i-1$ の個体群からの増進効果(餌の摂取)、天敵の種 $i+1$ の個体群からの阻害効果(天敵による捕食)により、流れ $x_{i}^{n}$、$\beta x_{i}^{n}$、$\beta x_{i+1}^{n}$ がそれぞれ生じ、それらの流れに沿って、個体群密度 $x_{i}^{n}x_{i}^{n}$ が種 $i$ の個体群から系外へ、個体群密度 $\beta x_{i}^{n}x_{i-1}^{n}$ が種 $i-1$ の個体群から種 $i$ の個体群へ、個体群密度 $\beta x_{i+1}^{n}x_{i}^{n}$ が種 $i$ の個体群から種 $i+1$ の個体群へそれぞれ運ばれることで、世代 $*$($*$ は $n$ と $n+1$ の中間的な世代)、種 $i$ の個体群密度 $x_{i}^{*}$ が与えられるものとします。また、繁殖による作用を表すオイラー手続き $T_{r}$ では、繁殖により、世代 $n+1$、種 $i$ の個体群密度 $x_{i}^{n+1}$ が $\alpha x_{i}^{*}$ と与えられるものとします。
系の1ステップ(世代 $n$ から $n+1$)での時間発展を、移流による作用を表すラグランジュ手続き $T_{a}$ と繁殖による作用を表すオイラー手続き $T_{r}$ の逐次実行により、 \begin{equation} \label{eq:dynamics} \left( \array{ \hspace{7px} x_{i}^{n}\Rule{0px}{1.5em}{1em} \hspace{7px} \\ } \right) \stackrel{T_{a}}{\longmapsto} \left( \array{ \hspace{7px} x_{i}^{*}\Rule{0px}{1.5em}{1em} \hspace{7px} \\ } \right) \stackrel{T_{r}}{\longmapsto} \left( \array{ \hspace{7px} x_{i}^{n+1}\Rule{0px}{1.5em}{1em} \hspace{7px} \\ } \right) \end{equation} と定義します。
提案した食物連鎖のCMLによるシミュレーションを行いました[6][7]。その結果、種の数 $M$ がわずか3種(以下、種1を一年草、種2をバッタ、種3をカマキリとします)である食物連鎖のCMLにおいてさえも、固定点、周期点、準周期点、カオス、準アトラクターなどの多種多様なアトラクターが存在することが分かりました。
影響率 $\beta$ の値が大きい($\beta=1$、$\beta=0.5$)ときには、系はその状態がカオスであっても、一年草、バッタ、カマキリの順に個体群密度の増減を繰り返す振る舞いを示します(図2(a)、(b)参照)。これに対して、影響率 $\beta$ の値が小さい($\beta=0.05$)ときには、系はそのような振る舞いとは全く異なるカオス的遍歴[4][9]のような振る舞い(3つの個体群密度が、全て異なる状態をとるような3自由度の運動、2つほぼ同じで1つだけ異なる状態をとるような2自由度の運動、全てほぼ同じ状態をとるような1自由度の運動を複雑に経巡る)を示します(図2(c)参照)。
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c
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提案した食物連鎖のCMLについて、次のような解析を行いました[6][7]。
食物連鎖のCMLの固定点を求めました。その結果、2つの固定点、$(x_{1}^{\infty},x_{2}^{\infty},x_{3}^{\infty})=(0,0,0)$、$(x_{1}^{\infty},x_{2}^{\infty},x_{3}^{\infty})=(1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha})$ が存在し、$0\le\alpha\lt 1$、$1\lt\alpha\lt\frac{3+3\beta^{2}}{1+3\beta^{2}}$(支配的固有値 $-\alpha+2\pm i\sqrt{3(\alpha\beta-\beta)^2}$)、においてそれぞれ安定であることが分かりました。
繁殖率 $\alpha$ を分岐パラメータとして、食物連鎖のCMLの分岐の様子と最大リアプノフ指数 $\lambda$[4] について調べました。
影響率 $\beta=1$ のとき(図3(a)、(b)参照)固定点 $(1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha})$ は、$1.2\le\alpha\lt 1.5$ において安定($\lambda\lt 0$)に存在し、$\alpha=1.5$ において6周期点へと分岐($\lambda=0$)します(解析結果1と一致)。6周期点は、$1.5\lt\alpha\lt 1.98$ において安定に存在し、$\alpha=1.98$ 付近で準周期点($\lambda=0$)となります。準周期点は $1.98\lt\alpha\lt 2.07$ において存在しますが、稀に周期点へと変化し、$\alpha=2.07$ 付近でカオス($\lambda\gt 0$)となります。カオスは $2.07\lt\alpha\lt 2.12$ において存在します。
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b
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固定点 $(1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha})$ は、$2.1\le\alpha\lt 2.14$ において安定に存在し、$\alpha=2.14$ 付近で準周期点となります(解析結果1と一致)。準周期点は $2.14\lt\alpha\lt 2.35$ において存在しますが、$2.33\lt\alpha\lt 2.35$ では、周期点に変わったり、準周期点に戻ったりを不規則に繰り返すようになり、$\alpha=2.35$ 付近でカオスとなります。カオスは $2.35\lt\alpha\lt 2.37$ において存在します。
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固定点 $(1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha},1-\frac{1}{\alpha})$ は、$2.9\le\alpha\lt 2.99$ において安定に存在し、$\alpha=2.99$ 付近で準周期点となります(解析結果1と一致)。準周期点は $2.99\lt\alpha\lt 3.40$ において存在しますが、$3.32\lt\alpha\lt 3.40$ では、周期点に変わったり、準周期点に戻ったり、弱いカオスに転じたりを不規則に繰り返すようになり、$\alpha=3.40$ 付近でカオスとなります。カオスは $3.40\lt\alpha\lt 3.51$ において存在しますが、$\alpha=3.51$ 付近で準周期点となります。準周期点は $3.51\lt\alpha\lt 3.53$ において存在しますが、周期点に変わったり、準周期点に戻ったり、弱いカオスに転じたりを不規則に繰り返した後、$\alpha=3.53$ 付近でカオス的遍歴となります。カオス的遍歴は$3.53\lt\alpha\lt 3.65$ において存在します。
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食物連鎖のCMLの時系列と軌道の様子について調べました。
繁殖率 $\alpha=2.11$、影響率 $\beta=1$ のとき(図2(a)、図6参照)軌道 $\{(x_{1}^{10000},x_{2}^{10000}),\cdots ,(x_{1}^{20000},x_{2}^{20000})\}$ はカオス($\lambda=0.13$)であり、時系列において、各種は、その個体群密度 $x_{i}^{n}$ の振幅や、極大点(極小点)の出現間隔に揺らぎを持ちますが、おおよそ次のような6つの世代(一年草のみに着目しました、バッタ、カマキリについても同様です)を繰り返しながら、その個体群密度 $x_{i}^{n}$ を一年草、バッタ、カマキリの順に増減させます。
軌道 $\{(x_{1}^{10000},x_{2}^{10000}),\cdots ,(x_{1}^{20000},x_{2}^{20000})\}$ はカオス($\lambda=0.10$)であり、時系列において、各種の個体群密度 $x_{i}^{n}$ は、その振幅(おおよそ2つに大別されます)や、その極大点(極小点)の出現間隔に揺らぎを持ちますが、一年草、バッタ、カマキリの順に増減を繰り返します。
軌道 $\{(x_{1}^{10000},x_{2}^{10000}),\cdots ,(x_{1}^{20000},x_{2}^{20000})\}$ はカオス的遍歴のような振る舞い($\lambda=0.22$)を示し、時系列において、各種の個体群密度 $x_{i}^{n}$ は、上述の $\beta=1$、$\beta=0.5$ のとき(一年草、バッタ、カマキリの順にその増減を繰り返す)とは全く異なり、おおよそ次のような3つの運動を複雑に経巡る振る舞いを示します。
3自由度の運動捕食行為を通して、餌とその天敵が協調しあうことは、これまでの常識(弱肉強食)では考えられませんでした。提案した食物連鎖のCMLで見つかったそのような振る舞い(カオス的遍歴)は、餌とその天敵である一年草とバッタが協調し、カマキリを出し抜く形で高い個体数をとる(維持する)ような相利共生の例ではないかと考えています。相利共生の動態は、状況に応じて変化したり、時には解消されたりと、大変多様かつ複雑であり、カオス的遍歴の特徴と良く一致します。そして、相利共生の動態や維持機構を解明することは、生態学や進化学の重要な課題となっています[1][2][3]。今後、食物連鎖のCMLを用いて、この課題に挑戦してみたいと考えています。