はじめに

宇宙には様々な天体が存在し、それらは何らかの「パターン」を持っています。例えば、渦巻銀河や原始惑星系円盤は、2本の渦状腕を持つグランドデザインスパイラルパターンを形成することが知られています(図1(a)、(b)参照)。

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図1: 天体の動的パターン形成の例。(a)渦巻銀河(提供 NASA)、(b)原始惑星系円盤(提供 NAOJ)。

天体はどのようにその形を作るのか?という問いに取り組むとき、次のような壁が立ちはだかります。まず、多体系であるため、系の解析に数値計算(N体計算、流体計算)を用いますが、計算量や数値不安定性の問題などがあります[1]。また、仮に数値計算ができたとしても、今度は、系が内包する複雑さ[2]があって、この問いに答えるのは容易ではありません。

そこで、天体の形成機構を探るための1つの試みとして、(降着)ガスから成る天体の系に対する天体形成の結合写像格子(Coupled Map Lattice[3][4]、CML)を用いた構成的(手続き還元的)アプローチを提案します[5]。そして、天体のパターン形成過程(系の時間発展)を手続きの逐次実行により高速計算することで、広範囲のパラメータに対する網羅的なシミュレーションを行い、天体の形成機構に迫るための新たな糸口を探ります[5]

モデル

ガスから成る天体の形成機構を探るために、天体形成のCMLを以下のように構築します[5]

格子

格子間距離を1とする、格子点数 $N_{x}\times N_{y}$ の2次元正方格子をとります。格子点を $ij$($i=0,1,\cdots,N_{x}-1$、$j=0,1,\cdots,N_{y}-1$)と表します。また、境界条件を開境界とします。

場の変数

離散時刻 $t$、格子点 $ij$ における場の変数として、ガス塊(ガス粒子の集まり)の質量 $m_{ij}^{t}$ と速度 $\Vec{v}_{ij}^{t}$ を定義します。

手続き

重力による作用を表す手続き $T_{g}$(オイラー手続き[3][6])と移流による作用を表す手続き $T_{a}$(ラグランジュ手続き[3][6])を定めます。

重力による作用を表すオイラー手続き $T_{g}$ では、格子点 $ij$ のガス塊とそれ以外の格子点 $kl$ のガス塊との重力相互作用により、格子点 $ij$ のガス塊にガス塊速度(ガス塊内部のガス粒子の流れ)$\Vec{v}_{ij}^{*}$ が生じるものとします。また、移流による作用を表すラグランジュ手続き $T_{a}$ では、重力相互作用の結果生じた格子点 $kl$ のガス塊内部の流れ $\Vec{v}_{kl}^{*}$ により、ガス粒子がその質量と運動量を伴って、格子点 $kl$ から格子点 $ij$ へと移動・衝突し、格子点 $ij$ に新たなガス塊(その質量を $m_{ij}^{t+1}$、速度を $\Vec{v}_{ij}^{t+1}$ とする)が生じるものとします。

時間発展

系の1ステップ(離散時刻 $t$ から $t+1$)での時間発展を、重力による作用を表すオイラー手続き $T_{g}$ と移流による作用を表すラグランジュ手続き $T_{a}$ の逐次実行により、 \begin{equation} \label{eq:dynamics} \left( \array{ \hspace{7px} m_{ij}^{t}\Rule{0px}{1em}{0px} \hspace{7px} \\ \hspace{7px} \Vec{v}_{ij}^{t}\Rule{0px}{1em}{0px} \hspace{7px} \\ } \right) \stackrel{T_{g}}{\longmapsto} \left( \array{ \hspace{7px} m_{ij}^{*}\Rule{0px}{1em}{0px} \hspace{7px} \\ \hspace{7px} \Vec{v}_{ij}^{*}\Rule{0px}{1em}{0px} \hspace{7px} \\ } \right) \stackrel{T_{a}}{\longmapsto} \left( \array{ \hspace{7px} m_{ij}^{t+1}\Rule{0px}{1em}{0px} \hspace{7px} \\ \hspace{7px} \Vec{v}_{ij}^{t+1}\Rule{0px}{1em}{0px} \hspace{7px} \\ } \right) \end{equation} と定義します。

シミュレーション及び解析

提案した天体形成のCMLによるシミュレーションを行いました[5]。その結果、重力による作用を表すオイラー手続き $T_{g}$ と移流による作用を表すラグランジュ手続き $T_{a}$ の2つの手続きを考えるだけで、渦巻銀河や原始惑星系円盤のような、2本の腕を持つスパイラルパターンが形成されることを発見しました[5]

スパイラルパターンの形成過程は、おおよそ以下のようです。ランダムな初期状態からスタートすると、まずガス塊は、互いに引き合うことで中心へと集まり、中心星(4つの重いガス塊から成ります)を形成します。中心星は、その後収縮し、ガス粒子を放出すると、膨張へと転じます。放出されたガス粒子は、中心星の周りをケプラー運動するガス粒子に渋滞を生じさせます。渋滞したガス粒子は腕を形成し、2本の腕を持つスパイラルパターンが現れます。その後、中心星は再び収縮へと転じ、スパイラルパターンの輪郭がはっきりしなくなると、中心星からの2度目のガス放出が起きます。そして、このようなパターン形成が、長時間にわたって何度も繰り返されます。図2に、スパイラルパターンの形成過程のアニメーションを示します(CMLの高速計算により、この結果を得るのに要した時間は、パソコンで2分未満(113秒)です)。

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図2: スパイラルパターンの形成過程のアニメーション。ガス塊質量 $m_{ij}^{t}$ の大小を明暗により線形スケールでプロット。ここで、$N_{x}$、$N_{y}$ を共に $50$ とし、初期ガス塊質量 $m_{ij}^{0}$ を $0$ 〜 $8\times 10^{-4}$ の一様乱数により与え、初期ガス塊速度 $\Vec{v}_{ij}$ を $0$ としました。

スパイラルパターンの形成機構を探るため、その動的性質について解析を行いました[5]

解析結果1

中心星(移動によって、その内部に風上の重いガス塊から風下の重いガス塊への風の流れを持つ)は、系の全角運動量保存下において、その収縮に伴う回転の増加によりガス粒子を放出します。中心星は、その後、膨張と収縮を繰り返すため、ガス粒子の放出も繰り返し生じます。

解析結果2

ガス塊は、中心星の周りをケプラー運動(ほぼ円運動)します。これにより、ガス塊内部のガス粒子は、中心星の周りを楕円状(ほぼ円状)の流れに沿って運動します。

解析結果3

ガス粒子は、楕円状の流れに沿って腕を横切る間、渋滞します。すなわち、腕は、渋滞するガス粒子により構成される高密度領域です。この結果は、渦巻銀河における観測結果[7]と定性的によく一致します。

解析結果4

腕の運動は、その内部で渋滞するガス粒子と、そこに流入出するガス粒子の運動によって生じる、高密度領域の移動として与えられます。このとき、腕へ流入出するガス粒子は、腕内部の流れと逆向きの速度を腕に与えるため、腕は、その内部の流れより遅い速度で移動します。

解析結果2〜4に示されたスパイラルパターンの動的性質は、渦巻銀河や原始惑星系円盤の渦状腕として知られる、密度波[8]の性質とよく一致します。

おわりに

今回提案した、ガスから成る天体に対するCMLを発展させた、ガスとダストから成る天体に対するCML[9]について紹介します。このCMLでは、ガスとダストの質量比を表す混合因子 $\alpha$(ガス $:$ ダスト $=1-\alpha:\alpha$)を導入し、ガス中に含まれるダストの効果を考慮します。これにより、移流手続き $T_{a}$ におけるガス塊の移動の仕方(変位)がガスのみの場合と異なります。変位は、ダスト粒子がガス粒子を纏いながら一体となって運動する纏い粒子仮説の下、重力手続き $T_{g}$ の結果生じた流れ $\Vec{v}_{ij}^{*}$ への軽いガス粒子の速い緩和と重いダスト粒子の遅い緩和から導かれます。シミュレーションの結果、ガス中に微量のダストが含まれる天体において、腕の形成だけでなく、古い腕と新しい腕の交差によって生じる星の形成を発見しました(図3(a)、(b)参照)。星の形成によりスパイラルパターンはより複雑なものへと、その様相を大きく変化(進化)させます。今後、このCMLについても、詳細を明らかにしていく予定です。

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図3: ガス中に微量のダストが含まれる天体におけるスパイラルパターン形成過程のアニメーション。ガス塊質量 $m_{ij}^{t}$ の大小を明暗によりログスケールでプロット。ここで、$N_{x}$、$N_{y}$ を共に $50$ とし、初期ガス塊質量 $m_{ij}^{0}$ を $0$ 〜 $1.6\times 10^{-3}$ の一様乱数により与え、初期ガス塊速度 $\Vec{v}_{ij}^{0}$ を $0$ としました。(a)混合因子 $\alpha=0.05$、(b)混合因子 $\alpha=0.06$。

最後に、ガスとダストから成る天体に対するCML[9]による、銀河衝突のようなシミュレーション結果(図4参照)を示します。この他にも、初期ガス塊総質量 $\sum_{i,j}m_{ij}^{0}$ に応じて、様々な天体が現れます。

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図4: 銀河衝突のアニメーション。ガス塊質量 $m_{ij}^{t}$ の大小を明暗によりログスケールでプロット。ここで、$N_{x}$、$N_{y}$ を共に $50$ とし、初期ガス塊質量 $m_{ij}^{0}$ を $0$ 〜 $3.3\times 10^{-3}$ の一様乱数により与え、初期ガス塊速度 $\Vec{v}_{ij}^{0}$ を $0$ とし、混合因子 $\alpha$ を $0.05$ としました。
参考文献
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T. Tsuchiya, N. Gouda and T. Konishi, Astrophysics and Space Science 257 (1998) 319.
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土屋俊夫, 小西哲郎, 郷田直輝, 日本物理学会誌 52(10) (1997) 783.
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金子邦彦, 津田一郎, "複雑系双書1 複雑系のカオス的シナリオ", 朝倉書店 (1996).
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K. Kaneko and T. Yanagita, Scholarpedia 9(5) (2014) 4085.
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E. Nozawa, Physica D 405 (2020) 132377.
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T. Yanagita and K. Kaneko, Physica D 82 (1995) 288.
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N. Kuno and N. Nakai, Publications of the Astronomical Society of Japan 49 (1997) 279.
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C. C. Lin and F. H. Shu, Astrophysical Journal 140 (1964) 646.
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野澤恵理花, 日本物理学会2016年秋季大会講演概要集 13pAK-13 (2016) 2715.
© 2018- Erika NozawaTop △